それはあまりに洒落た訣別の言葉だったので、ぼくはいっぺんに蓉子のことが好きになってしまった。
どきどきした。なんて素敵な言葉を持つ女性だろう。正直言ってこんな言葉を持っているとは知らなかった。それまで彼女に抱いていた印象、「退屈」だとか「平凡」だとか、そういった印象が吹き飛ぶ。ぼくが蓉子に求めているものと、蓉子が僕に求めているもの。その差異を極めて端的かつ暗示的に表現できる知性が美しく思えた。愛おしく思えた。
だが。
「今までありがとう。楽しかった。」
惜しむらくは、それに気づいたのがこの別れの場面である、ということだ。
「ああ」
それに引き換えぼくは、そんな返事とも言えないボヤけた言葉を蓉子の背中に掛けただけだった。
後悔の念は、ある。しかし後悔していても仕方ないので、洟をかんで店を出る。
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